持続的な注意のゆらぎ

持続的な注意は、読書したり、運転したりするときに必要となる重要な心の働きです。 航空管制官や外科医などでは職業上のスキルとなっています。しかし、環境で生じた出来事(突然の着信音)や心的状態の変化(倦怠や疲労)によって、 焦点化された注意は容易に失われてしまいます。

我々は、注意の水準が時間とともに一貫して低下していくのではなく、変動しながら(30秒から60秒の揺らぎを持って)低下していくことを発見しました。 さらに、反応時間に基づく注意の変動(ゆらぎ)を周波数解析したところ、視覚課題や聴覚課題によらず、個人内で類似していました。 入力情報に違いがあっても、注意の変動は各自が有する生体リズムの全般的な影響を受けていることが示唆されます。

さらに、ニューロイメージング (fMRI) 手法を用いて、注意の変動に相関している脳領域を特定しました。 背側注意ネットワーク (dorsal attention network) が注意の変動に関与していましたが、デフォルト・モード・ネットワーク (default mode network) は関係していませんでした。 このことから、注意散漫(マインド・ワンダリング)ではなく、注意集中に関係する脳領域が注意の水準を調整しているのかもしれません。

参考文献

Kondo, H. M., Terashima, H., Ezaki, T., Kochiyama, T., Kihara, K., & Kawahara, J. I. (2022). Dynamic transitions between brain states predict auditory attentional fluctuations. Frontiers in Neuroscience, 16, 816735. Invited Article

Terashima, H., Kihara, K., Kawahara, J. I., & Kondo, H. M. (2021). Common principles underlie the fluctuation of auditory and visual sustained attention. Quaterly Journal of Experimental Psychology, 74, 1140-1152.

情景分析とは?

我々が受け取る視聴覚の感覚入力は、時として隠蔽されていたり、途切れていたりします。 知覚系の重要な働きはこのような不完全な感覚入力から首尾一貫した知覚オブジェクト(知覚の最小単位)を構築することです。 この情報処理過程は知覚体制化と呼ばれています。

同じネコを見ていても、人によって知覚オブジェクトは様々です。 ある人は、ネコが三毛なのか、茶虎なのか、黒なのか、毛並み(テクスチャ)が気になるでしょう。 別の人は、ネコの表情や耳(形状)が気になるかもしれません。

知覚オブジェクトの集合体である情景を認識する際にも、個人差が存在します。 たとえば、京都 龍安寺の石庭を眺めていると、「大海の島々」あるいは「虎の子渡し」など、様々な知覚的な解釈が生じます。 この事例は、外界からの入力情報の物理特性が同じであっても、個々の脳内の知覚状態(すなわち、主観性)は千差万別であることを端的に示しています。 (撮影:三木千絵)

参考文献

Kondo, H. M., van Loon, A., Kawahara, J. I., & Moore, B. C. J. (2017). Auditory and visual scene analysis: an overview. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences, 372, 20160099. Invited Article

音脈の群化と分凝

視覚と同様に聴覚においても、物理的な感覚入力は一定であるにもかかわらず、主観的な知覚が時間とともに変化するという現象があります。 この現象は、知覚交替と呼ばれており(図地反転図形、両眼視野闘争も参照)、情景分析の個人差を検討するときに重要となります。 知覚が変化するということは、知覚が新たに生み出されているということに他なりません。 そのため、多くの入力情報から必要なものだけを取り出す、カクテルパーティー効果(選択的注意)を調べる素材にもなります。

知覚交替を惹起する聴覚刺激として、音脈分凝 (auditory stream segregation) や単語変形 (verbal transformation) が知られています。 これらを用いて、我々は知覚交替で生じる脳活動をfMRI実験で特定しました。 その結果、聴覚野だけではなく、大脳皮質下の視床や前頭葉領域を含めた脳内ネットワークが知覚交替に関与していることが明らかになりました。

参考文献

Kondo, H. M., & Kashino, M. (2009). Involvement of the thalamocortical loop in the spontaneous switching of percepts in auditory streaming. Journal of Neuroscience, 29, 12695-12701.

Kondo, H. M., & Kashino, M. (2007). Neural mechanisms of auditory awareness underlying perceptual changes. NeuroImage, 36, 123-130.

聴覚と頭部運動の相互作用

ほとんどの先行研究では、聴取者は動かないという限定された状況で実験がおこなわれてきました。 本研究では、聴取者の自発的な頭部運動が聴覚知覚の形成にどのような影響を及ぼすかを検討しました。 音脈の群化と分凝を用いて、「首を振ると聞こえ方が変わる」という錯覚現象を新たに発見しました。 すなわち、聴覚刺激を聞きながら首を振ると、分凝知覚から群化知覚へと変化するのです。 そして、この錯覚を生じさせる原因を探ろうとしました。

しかし、通常の環境では、入力される音響情報は頭部運動と相関して変化する(両耳は頭に付いている)ので、 両者の効果を分離することは不可能です。 そこで、聴取者に仮想現実感を提示できるテレプレゼンス・ロボットを用いて、頭部運動がもたらす潜在的な要因を以下のように分解しました。 両耳手がかりの変化、音源位置の変化、および運動関連情報の変化です。 その結果、聴覚の知覚変化は運動関連情報の変化よりも、両耳手がかりや音源位置の変化に大きく依存していることがわかりました。(写真提供:NTTコミュニケーション科学基礎研究所)

参考文献

Kondo, H. M., Toshima, I., Pressnizer, D., & Kashino, M. (2014). Probing the time course of head-motion cues integration during auditory scene analysis. Frontiers in Neuroscience, 8, 170. Invited Article

Kondo, H. M., Pressnizer, D., Toshima, I., & Kashino, M. (2012). The effects of self-motion on auditory scene analysis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 109, 6775-6780. Press Interest: Science, WIRED, Popular Science, The Naked Scientists, Huffington Post

視聴覚に対する遺伝子の影響

実験心理学的な手法と遺伝子多型解析を組み合わせることで、知覚形成と神経伝達物質との関係を検討しました。 まず、実験参加者 (N = 100) から得られた視聴覚の知覚交替に関する時系列データを分析し、個人内で知覚交替の共通性と分離性が存在することがわかりました。 次に、ドパミンの代謝に関わるCOMT、セロトニン受容体の働きに関わるHTR2Aの遺伝子多型を解析しました。 その結果、聴覚の知覚交替はドパミン作動系、視覚の知覚交替はセロトニン作動系の影響を受けていることが示唆されました。 知覚交替の時間変動は両方の神経伝達物質が放出される中脳神経核の働き(生体リズム)に由来している可能性があります。 その一方で、各自の性格特性は知覚交替の頻度に大きな影響力を有していませんでした。

参考文献

Kondo, H. M., Farkas, D., Denham, S. L., Asai, T., & Winkler, I. (2017). Auditory multistability: idiosyncratic perceptual switching patterns and neurotransmitter concentrations in the brain. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences, 372, 20160110. Invited Article

Kondo, H. M., Kitagawa, N., Kitamura, M. S., Koizumi, A., Nomura, M., & Kashino, M. (2012). The separability and commonality of auditory and visual bistable perception. Cerebral Cortex, 22, 1915-1922.